メモ
ネット上で親しくなった人に別れを告げられた。今まで多くの人と出会って別れてきたけど、今回のが一番堪えた…。
最後にもらったメッセージがその理由だ。メッセージで理由を告げられて、それに対してどうして反論できようか。こちらの言いたいことを言わせる隙すら与えず、消えるなんて本当にずるい。卑怯だ。言いたいことを飲み込むことで、また心に傷ができた。心の傷は一生癒えることがないというのに。
例え会う機会ができたとしても、会う勇気すらなくなってしまった…。何もかも忘れたいのに忘れさせることすら許さないあなたを到底許せそうにない。本当は許したいけど許せない。この気持ちが昇華されるのは一体いつになるのだろうか?
幼少の頃の経験が尾を引いているんだと思うけど、私は人間関係の構築が苦手だ。もっと言うと適度な距離の保ち方がわからないと言っていい。
それが原因なのだろう、時々何もかも投げ捨てて関係をリセットしたい気持ちに駆られる。別に相手のことが嫌いになった、というわけじゃない。付き合えば付き合うほど、その関係に息苦しさを感じてしまうのだ。そんな気持ちに刺せなかった人間はこの世にたった一人だけで、それが夫。だから夫との関係をリセットしたと思ったことはないし、そういう気持ちになることは永遠にないと思う。
また、リセットしたいと思っても、ご近所付き合いなどはリセットしようがない。だから息苦しくてもお付き合いする。そうするとある時点でその息苦しさがふっと解消される。山を越えたってことなのだろうか。リセットしたかのように楽に付き合えるようになる。そしてまた息苦しく…の繰り返し。
ところが、ネットでの関係は簡単に断ち切れることもあって、今まで何度かリセットしてしまった。息苦しさに耐えられなくなるのだ。きっとネットでの関係も我慢して続けていれば山を越えることができるんだろうけど、そこまで耐えることができない。すぐ断ち切れる、という誘惑に勝てないのだ。
でも今度はその誘惑に勝ってみたいと初めて思ってる。そのために生身の彼らに会ってみようと思う。リアルでの付き合いができれば、山を越えられるんじゃないかと思うから。初めての試みが成功したらいいなと思う。いや、成功して欲しい。山を越える勇気をもらえますように。
物心ついたころから自分の気持ちを素直に表現することを意識的に封印してきたので、それに慣れてしまって素直に表現することができなくなった私。それゆえ誤解を招くことが多々あり、人を傷つけたり不快にさせることが多かった。そういうことが重なってますます自分の気持ちを伝えることに躊躇するようになり、それが誤解を生む…という悪循環。
ならば相手がどう思ったとしても、自分の気持ちを素直に伝えたほうがいいんじゃないか?と思うのだが、なかなかその勇気は出ない。子供達が言いたいことをバンバン言い合いながら喧嘩したり仲良くしたりする光景を目の当たりにするたび、その姿が眩しく思えるほどに情けない母親なのです。
それでもほんの少しだけど自分の気持ちを伝えることができるようになったと思う。うまく伝わらなかったとしても、それに怯むことなく伝え続けられるようになりたいな。
「自分の気持ちを伝える」というのは結構難しい。相手が理解出来るように言葉にするのが骨の折れる作業だから。
でも伝わらないのが当たり前で。生まれ育った環境も考え方も異なれば、同じ言葉でも受け止め方が違って当然。当然だけど、伝えなければ理解してもらえない。
しかし誤解されても「気持ちを伝える」ことを諦めてはダメなんだと思う。何度も何度も、めげずに伝え続ける。そうすれば理解してもらえなくても心は伝わると思うから。伝えることを諦めるのは、相手を心の中で切り捨てるのと同じこと。それだけは避けなきゃならない…などと思う今日この頃である。
謹賀新年
2010/01/01 01:02
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。
2010年、平成22年の年明けを酒を飲みつつ迎えた管理人でございます。今年も酒に…じゃなくて写真と共に過ごせるような年になればいいなと思ってます。多くなくても毎週更新するぐらいのことはしたいなと。
また、末っ子がカメラに興味を示しているので、手頃な値段で幼稚園児でも扱えるようなカメラを買い与えようかな…と考え中。いつも携帯のカメラ機能を利用させてますが、肝心なときに携帯が使えなくなるので(;´∀`)
将来は親子で写真アップする、なんてことが出来ればいいなあ…。なんて妄想を抱く新年でした。